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中年が承認欲求を満たすためのブログ

天鳳プレイヤーが麻雀やその他の趣味について書きます

ご挨拶と自己紹介その2 天鳳を始めたきっかけ

麻雀 自己紹介

(前回の記事)

 

どうも超インターネットです。そもそも超インターネットって何だよという話で、すでに挨拶するたび死にたくなってるわけですが、天鳳プレイヤーとしてブログを書くならやはり天鳳IDを名乗ったほうが何かと都合がいいですよね。天鳳IDは変更できないので今後も、永久にこのまま。キラキラネームを付けられた子供の気持ちってこんな感じなんでしょうか。オレの場合は自分で勝手に付けたんですけれども。

 

というわけで天鳳を始めたきっかけの話です。初めてIDを作ったのはまだ麻雀プロを名乗っていた頃で、もう10年近く前のことになりますでしょうか。前回もちょろっと書きましたが当時のオレは競技麻雀をしみじみ頑張る気があまりなく、なにかタイトルを獲る以外の方法で名前を売る方法がないかなーそんでもって何らかの形で仕事につなげられんかなーという実体のないことをぼんやりと考えながら、某巨大掲示板でレスバトルに興じる日々を過ごしておりました。そんななかで天鳳というオンライン対戦麻雀ゲームが、完全実力主義でどうやらアツいらしいという情報にたどりつくんですね。天鳳史でいうとちょうど当時のトッププレイヤーだった国立君が、特上卓レート1800制限後初の九段になったぐらいの時期だったかな。もちろん鳳凰卓はまだ実装されておりません。

今でこそ木原浩一氏をはじめとする多数の麻雀プロによって状況はかなり変わりましたが、当時の天鳳界においてはまだまだ「麻雀プロ(笑)」的な考え方が主流でした。天鳳自体の知名度が現在ほどではなかったこともあり、名前を出して参戦する麻雀プロなんていうのももちろん皆無。「これは狙い目なんじゃねーの?」とオレは思ったんですね。(当時の)平均的な天鳳プレイヤーが一様にクソザコナメクジと認識しているであろう下位リーグの木っ端プロが、アウェーであるネット麻雀というフィールドに参戦して好成績を残せば、小規模ながらそれなりにインパクトを残せるんじゃないかと。

てなわけでオレは、プロという立場を明らかにして天鳳に参戦することにしたのでした。ネット麻雀は東風荘を少しかじった程度でしたが、そこで短期確変を引いて無双っぽい成績を残していたこともあり、天鳳のことも完全に舐めてかかっておりました。「パソコンオタクどもに麻雀教えてやるかー(*´ω`*)」ぐらいの上から目線で始めたことをよく覚えています。実態は皆様ご存じのとおり、とんでもないデスゲームだったんですけどね。

結果としては、当時それなりに価値のあった八段までストレートで昇段し、マニアックな界隈とはいえ、まあ、そこそこに名を上げることができました。目論見はぼちぼち成功したわけですが、舐めていたはずの天鳳特上卓のレベルは舌を巻くほどに高く、とりわけ上位陣の麻雀に関しては、教えてやるどころか教えられることのほうがはるかに多いというのが現実でした。

このことは当時、麻雀に関する向上心をほぼ完全に失っていたオレにとって大きな刺激になりました。そして「結果」と「打数」と「実力」という、リアル麻雀の世界においてはしばしばボカされがちな要素に関してすさまじくシビアかつ適正な評価が下されるこのネット麻雀という世界そのものを、少しだけ好きになりかけていました。つまりは「プロとして」とか「メリットが」とかそういうのはもう本当にどうでもよくて、ただ単に天鳳が楽しくなっていったんですね。天鳳プレイヤー超インターネットの誕生です。当時は違う名前でしたけど。

 

次回は天鳳および麻雀そのものを一時的に引退してから、復帰するまでの経緯を書きます。

 

(続きはこちら)