中年が承認欲求を満たすためのブログ

天鳳プレイヤーが麻雀やその他の趣味について書きます

30年余を経てなお色褪せぬ名作『ぎゅわんぶらあ自己中心派』

超インターネットですよ! 超インターネット! 先日「陥没乳首の陥没部分は皮膚化が充分に進んでおらず刺激に弱い。いわば仮性包茎のような状態」という重要な知見を得たのですが、それにしても『黄昏流星群』の乳首描写はどうにかならないんですかね。誰も得しないリアリズムをエンターテイメントの世界から追放しよう!

 

 

というわけで本日は、片チンこと片山まさゆき先生の出世作『ぎゅわんぶらあ自己中心派』(以下、ぎゅわん自己)について語りたいと思います。今は主要な片山作品のほとんどを漫画読み放題系のウェブサービスで読むことができる素晴らしい時代なんですが、この作品だけは2017年3月23日現在、どのようなサイト、アプリにおいても公開はされていません。ヒットの規模としては『ノーマーク爆牌党』や『打姫オバカミーコ』はもちろんのこと、麻雀漫画史上初のTVアニメ化作品となった『スーパーヅガン』(劇場版、OVAは過去に例あり)よりも大きかったので需要はあるはずなんですけどね。あらゆるハードで発売され、一時代を築いた定番麻雀ゲームの原作としての印象も強いです。ちなみにオレが麻雀を覚えるきっかけとなったのも、MSX2版のぎゅわん自己だったりします。付属の麻雀解説書がバビィこと馬場裕一氏監修で、本当にわかりやすい内容でした。

大人になると、昔好きだった漫画をまとめて読み返す機会はそう多くありません。電子書籍はまだまだ気軽にポチポチできる値段ではなく、古本は安いが場所をとるため買っては処分の繰り返しが常。かといって漫画喫茶は蔵書の入れ替わりが激しく、古めかつニッチな需要の作品をいつまでも置いておく店舗はそう多くない。いよいよもって読み放題系サービスのありがたさが身にしみる時代なわけですが、ウェブ公開の場に来そうで来ないぎゅわん自己にとうとう痺れを切らしてkindleで全巻購入したのがつい先日のことになります。幾度となく読み返し、買っては処分を繰り返した漫画を新書並みの値段で再購入ですよ。オレも大富豪ではないのでこのような衝動的金満プレイには充分に気をつけねばならない身なのですが、今回ばかりは思いましたね。良い買い物だったと。もっと早く購入すべきだったと。

久々に読み返したぎゅわん自己がね、もう本当に面白いんですよ。ギャグが笑えるとかキャラクターが魅力的だとかそういう当たり前の長所ももちろんなんですが、麻雀という動きの少ないゲームをいかにして漫画的に、躍動感をもって見せるかという工夫がすごい。今回、特に強く感じられたのはその部分なんですが、30年前の麻雀漫画として新しかった部分が今読んでもそのまま新しいってのはさすがにGODすぎるでしょ。

 

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有名な「ピンフピンフピンフ」系のネタ。これは実際の麻雀にはない架空の躍動感かもしれませんが、麻雀て地味な見た目のわりにいざやってみると非常にアップテンポでドライブ感の強いゲームじゃないですか。ぎゅわん自己はその感じが全編において完全に再現されてるんですよ。気心の知れたメンツでテンポよくスパスパ打ってるときのあの感覚が、漫画を読みながら仮想体験できるというか。これって片チン一流のセンスというか、麻雀と漫画両方の才能(能力)を持ち合わせた人でないと絶対に表現できない領域のものですよね。

 

 

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 ギャグなのにカッコ良さと力強さがハンパない場面。実際に麻雀やってるときの脳内も、多くの人はこんな感じでしょ? つまり麻雀を打ってるときの高揚感を漫画で表現するには相当オーバーな描写が必要とされるわけで、ギャグ漫画というジャンルはそれと相性が良かったんでしょうね。麻雀×ギャグ漫画×片チンの漫画力&麻雀力=無限大で、誰も読んだことのない前代未聞の麻雀漫画が誕生ですよ!

このエポックメイキング感はもちろん他の片山作品からも感じられるのですが、ぎゅわん自己のそれは明らかに突出してますね。同時代の麻雀漫画と比較したときの傑出度や、同ジャンルにおける後世への影響度を考えると、ハッキリ言って『アキラ』レベルの作品ですよこれは!

 

 

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「手牌の上にツモ牌を叩きつける」「手牌の向きは読者の方向」という、片チン独特の麻雀漫画的描写もこの時点で完成ずみ。ツモアガリの力強さと手牌の見やすさを両立した画期的な手法だと思いませんか?

 

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 『スーパーヅガン』より。若かりし日の金子プロ!

 

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ノーマーク爆牌党』はデフォルメからリアリズムへの変遷期で、ツモ牌は上だけど手牌の向きは普通みたいなリアルと漫画の間を取ったような描写もちらほら。メインキャラクターの頭身が完全に上がりきった『牌賊! オカルティ』以降はツモ牌も手牌の向きもリアル麻雀を意識したものに変更されましたね。

 

 

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倒した手牌を丸っこく並べてコマ内に収める描写も独特。ぎゅわん自己は他の麻雀漫画と比べて1話ごとのアガリ回数が飛び抜けて多い作品なんですが(カウントしたわけではないので確証はないけども)、これはその中で生まれた工夫でしょうね。アガリ回数の多さはテンポの良さや読みやすさ、そして前述の「リアル麻雀感覚」の発生に大きく貢献していると思われます。

普通の麻雀漫画だと手牌が倒されるのはだいたい見せ場なので、大ゴマで描かれることがほとんどですよね。3コマ連続で和了が描かれる麻雀漫画なんて、80年代ではそれこそ唯一だったんじゃないでしょうか。それとも80年代とかあんまり関係ない?

 

 

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あと忘れてはならないのが、片山まさゆきは「パロディ麻雀漫画」というジャンルの開祖であり、世界初のパロディ麻雀漫画となったのが他ならぬぎゅわん自己であるということ。大げさに言ったもののパロディ麻雀漫画とは「有名作品に麻雀を絡めてオマージュするとなぜかメチャクチャ面白い」というだけのものなんですが、喜国雅彦上野顕太郎、そして今をときめく『3年B組一八先生』の錦ソクラと多くのフォロワーを生んでいます。

 

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片チンのパロディネタは誰もが知ってる有名作品や時事ネタを扱うことがほとんどですが、若かりし頃にはややマニアックな方向に走りすぎることもあったようで。

いくら公開当時だったとはいえ『クリスチーネ・F』なんてよほどの映画好きじゃないと知りませんよ! いちおう日本では『ブレードランナー』との併映で公開されたらしいので当時の人限定でそこそこの知名度があったのかもしれませんが、実はブレランって劇場公開時にはぜんぜんヒットしてないらしいですからね。『となりのトトロ』における『火垂るの墓』ショックのような普遍性はおそらくなかったはずで、これは片チン若気の至りといったところか。

 

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逆に若気の至りがプラスに働いた例もあります。画像は統合失調症の機長が日航機を逆噴射させて大事故を起こした事件のパロディなんですが、こんなの今だったら絶対できないネタですよね。メチャクチャ面白いですけど。

他にもロス疑惑三浦和義や高レート麻雀で逮捕された東尾修をギャグにするなど、ぎゅわん自己は不謹慎ネタけっこう多くて本当に最高でしたね。以降の作品でも身内の人物などを私生活込みでネタにしまくったりするし、片チンけっこう悪ノリするタイプだったりします。これは若気の至りとはちょっと違ったかも?

 

 

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ガチの若気の至りはこういうやつですかね。若かりし頃の片チン、天鳳民みたいなこと言ってます。さすがに黒歴史かもしれませんが、個人的にはむしろ好感度アップです。

 

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そしてこのときの経験が、みごと作品に活かされるんですよね。オクトパシーふみのモデルは柴門ふみと言われていますが、その根拠となったのが前の画像でしょう。

ところで柴門ふみといえば、旦那さんは漫画家の弘兼憲史です。弘兼憲史といえば島耕作シリーズや『ハロー張りネズミ』、そしてなにより『黄昏流星群』の作者としてお馴染みですね! ここでまさかの冒頭の乳首話とつながったところで、今回の記事を締めくくりたいと思います。本当は特殊麻雀や替え歌などまだまだ語りたい部分が山ほどあるんですが、さすがに長くなったのでこのへんで勘弁してやりますよ。あと最後にこれだけは言っておきたいんですが、ネタバレの都合で詳しくは書けないものの最終回がほんとうに素晴らしい作品でもあるので、ギャグ漫画が終盤にだんだんシリアス化してゆく展開が好物な人には何をおいても読んでほしいですね。それではまた次回!